2015年は試練の年?いやいや、ハッピーな年でしょ?
新年あけましておめでとうございます!
ここグアテマラも15時間遅れで、新年を迎え、2日になりました。
大晦日にそばを食べないのはたぶん、初めて。
テレビから紅白歌合戦が聞こえてこないのもたぶん、初めて。
私の実家では、毎年大晦日の夕方頃にはおせち料理を完成させて、私が詰める係を担当。
そんなことをしていたら、紅白歌合戦の時間になって、天ぷらをお母さんがせっせと揚げ出して、そばと一緒に家族並んで食べる。
大して面白くないのに、なぜか毎年紅白歌合戦は見ないと行けないような気がしていて、自然とチャンネルを誰かが合わせている。
おばあちゃんは毎年、若手の歌手が出る度に、
この人は知らないねぇぇ
と言い、若い男性歌手が出る度に、
この人はジャニーズかい?
と言う。つまらないと言いながら楽しそうに見ていて、
ちょっと知っている演歌歌手なんかがでると、
この人は昔、誰々と離婚してね・・
なんて、得意げに話し出す様子が毎年おなじみで懐かしいなあ、なんて微笑ましく思う。
それから我が家ではなぜか毎年、元旦に人生ゲームをやる。
やりたくないのに、なぜか強制的にやらされる。
で、いつのまにかみんな本気モードになって、白熱する。
銀行に勤める母が銀行役を張り切ってやる。
お酒を片手におせちをつまみながら、長い戦いが始まる。
それから、なぜかだいたい正月は書き初めをする事が多い。
今年の目標をなんとなく書いて・・
絶対合格
とか、
一獲千金
とか、おばあちゃんは毎年、
健康第一
って、書いていた。
今年は書けないなーーなんて思っていたら、妹たちが変わりに書いてくれてた。
安全第一って。
ありがとう!そうだね。
こんなまったりとした、何でも無い家族で過ごす正月が私は好きで、
派手にハッピニューイヤーー!!!的なことはあまり好きじゃない。
今年の大晦日も、今いる宿でのんびりまったりと新年を迎え、0時になった瞬間に湖周辺の村で一斉に花火が空を舞っていた。
別に花火職人が空を彩るのではなく、ここでは、各々が家からここぞとばかりにでかい花火を打ち上げる。
花火はしょぼいけど、近所の笑い声が聞こえながら、バラバラと不揃いに打ち上がる花火は、それはそれで美しくて、なかなかステキだった。
私たちも一緒に爆竹や簡単な花火で参戦した。
大晦日は絶賛喧嘩中で、夜にひとりで大泣きしていたら、翌日目がびっくりするくらい腫れていた。
なんで、こんな記憶に残るような日に喧嘩してるんだかわからないけど、吐き気がするくらい泣いていたら、隣では何もなかったかのようにぐーすか寝ていた。
こんなに孤独で寂しい正月は生まれて初めてだなぁーなんて思いながら、2015年を振り返ると、なんだか泣いていた記憶ばかり蘇って来て、また自暴自棄になる。
でも、冷静に1日かけて、ぼんやりいろんな記憶を遡っていたら、やっぱり今まで過ごした1年間の何倍もの楽しい時間がそこにはあって、少しほっとした。
本当に、たくさんの笑顔や優しさに救われた年だった。
27年間過ごして来た日本という国を離れ、家も無く、仕事も無く、周りにいるのは旦那ひとりの環境下で、私はどこかへ行ってしまった。
変化という言葉より、たぶん迷子という言葉が適切かもしれない。
当たり前だった何もかもが急に姿を消した瞬間、私は方向を失った。
それは、とても不安で怖かったけど、もがいているとやっぱり道標を示してくれるのは、隣にいる旦那だった。
社会に出てから私は、常に自分の居場所を探し続けていた。
会社に馴染めなくて、会社の外に自分の居場所を探していた。
自分らしくいられる場所がきっとどこかにあるはずと。
でも、そもそもその”自分らしさ”がなんなのか、自分のことなのに全然理解していなかった。
私にとってこの1年の旅は、修行のようだった。
なんて言うと、
え?自由に旅して幸せでしょ?
なんて、贅沢な野郎だ。と怒られてしまいそうだけど、
試練の多い年だった分、新しい発見や気づきがたくさんある充実した1年だった。
1年前の自分には無い色々な能力や思考が培われると思えば、幸せな1年だったに違いない。
いろんな意味で精神的ダメージがかなり大きかったし、今までで一番、自分のことが嫌いになった年でもある。
大量に流れてくる時間の中で、私は初めて自分と真正面に向き合って、逃げ続けて来た自分という鏡を見続けて来た。
おかげで、前に進む力は格段に強くなった。
いつも面倒な事から目を背けて、楽しくて楽な方にばかり目を向けていた私は、本当に向き合うべき自分のことを実は、全然大事にしていなかったことに気づけた。
自分のことを大切にできない人が、大切な人を大切にできるはずはない。
彼が私のために何かを変えようと思っても、
それは彼にとっての幸せじゃないということ。
だったら、変わらないままの
ありのままの彼を好きになる努力を私がすべきなんだ。
そして、ありのままの私を好きになってもらえるように、
もっともっと自分を大切にしていこうと思う。
そんな事に気づけた、大切な年だ。
そんな大切なことに気づかせてくれたのは隣にいる旦那であり、
世界で出会ったたくさんの人から教わったような気がしている。
たくさんの笑顔に救われて、
たくさん笑って、
たくさん怒って、
たくさん泣いて、
それから、日本では決して出会えなかった人にたくさん出会えて、
たくさんの見返りを求めない優しさに出会えて、
たくさんの美味しいものを食べて、
たくさんのキレイな景色に出会えた。
病院で点滴も打ったし、盗難にもあった。
いろんな宗教観に触れることもできたし、
矛盾した世の中を見る機会もあった。
アイドルのように人気者になったり、チーノと人種差別にあったりもした。
それからたくさんぶつかり合って、喧嘩もしたし、
たくさん笑い合って、数えきれないくらいたくさんの思い出を一緒に作った。
365日中、350日は常に一緒にいた。
ムカつく時も、嫌いになる時も、信じられない時も、あったけど、
それでもずっと2人でここまで旅を続けて来れて、
何事も無く健康で、
大切な家族や友人が日本で待っていてくれる私は本当に幸せだな、と改めて思う。
あーーっという間に2015年が終わってしまった。
2016年はもっと自分を大切に、素直に、笑顔の溢れる年にしていきたい。
あと数ヶ月で大好きな日本に帰って、家族にも友人にも会える。
そう思うだけで、もうワクワクしてきた。
残りの旅も悔いの無いように楽むぞ。
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